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鳥取地方裁判所 昭和48年(ヨ)3号 決定

申請人 甲野花子

右代理人 馬渕分也

被申請人 甲野一郎

主文

本件申請をいずれも却下する。

事実および理由

第一申請人の主張

申請人の申請の趣旨および理由は別紙仮処分申請書記載のとおりである。

第二当裁判所の判断

一  申請人提出の疎明資料によれば一応次の事実が認められる。

1  申請人は申請外乙山二郎、同春子の五女として昭和九年一月一四日に、被申請人は申請外甲野太郎、同夏子の三男として同年同月一九日に、夫々出生し、申請人、被申請人は昭和三二年四月三〇日婚姻し、同年同月二日から被申請人の肩書地で同居生活を始め、昭和三四年二月二日長女甲野秋子(以下秋子という。)を設けた。

2  申請人は被申請人と婚姻後は被申請人方の家業である農業に従事し、舅(甲野太郎)の亡き後も姑(甲野夏子)をよく助け農業経営の中心となって働いていた。他方被申請人は農業には従事せず、公務員として溝口町に勤務していたが、昭和四三年頃、山陰を旅行中の鹿児島の女性丙川冬子こと丙川フユ子(昭和一六年三月一五日生)とバスの中で知合い、同女を大山に案内したことが縁となって同女と文通を始め同女の身の上相談に応じたり、年一、二度特産物の贈答をしたりする等の交際を続けていた。

3  申請人は昭和四六年七月頃から被申請人の無断欠勤、外泊、深夜帰宅等が続くようになったのでその理由を質したところ、三年位前から丙川フユ子と交際していたことが判明し、それ以来申請人と被申請人の間に軋轢が生じ離婚話がでるようになっていたが、ついに昭和四七年一月二一日申請人は実家である肩書地に単身で帰り、爾来被申請人と別居生活が続いている。

4  長女秋子は申請人が実家に帰って後も、被申請人方に居住し、現在そこから○○中学校に通学し、米子市内へもピアノのレッスンに通っているが、同女の寝室の隣室にはピアノや電話が据えてあり、夜になると決って丙川フユ子から被申請人に長距離電話がかかり、長時間通話し、時には被申請人が留守の時電話が鳴り秋子が応対にでるとプッツリ切れて交換手が「向うからお切りになりました。」と告げられるようなことも五、六回あったところ、被申請人は秋子の寝室を二階の勉強部屋にかえさせ、自らは電話のある部屋に寝起きするようになった。

5  申請人は昭和四七年三月一一日鳥取家庭裁判所米子支部へ被申請人を相手どって、離婚と慰藉料の支払いを求め、親権者を申請人と定める旨の夫婦関係事件の調停を申立てたところ、慰藉料の金額や親権者をいずれにするかの点で話し合いがつかず右調停は不調に終り、次いで被申請人は同裁判所同支部へ同種の調停を申立てたが、取下げにより終了した。

6  被申請人は秋子に対して「もうお母さんとは縁の切れた人なんだから手紙も電話もしてはいけない。」と何度も言渡していたが、秋子は申請人と何度も文通し、米子へピアノのレッスンに行った帰途、申請人方に立寄って同人と面会しており、右文通や面会を通して秋子は申請人に、被申請人の行為は誤っており、自分は申請人と共に暮し、同人を助け農業を承継して行きたい意向を表明している。

二  次に本件仮処分の被保全権利について検討する。

1  申請の趣旨第一項前段は申請人が秋子に対して同居を求め同項後段は申請人が被申請人に対して申請人と秋子との同居生活に対する妨害排除を求めるものであるが、右前段は本件の当事者となっていない秋子を相手方とするものであるから、その点に於て既に不適法なものであるが、同項前段と後段を有機的に関連づけて同項全体として、申請人が被申請人に対して将来実現されることあるべき申請人と秋子との同居生活を妨害しないことを求める趣旨と解したとしても、申請人は被申請人に対して右の如き妨害排除請求権を有するものであろうか。

一般に事実上離婚状態にあって別居生活をしている夫婦にあっては、その下で暮す方が子の福祉という観点からより好ましいと考えられる親が、他方の親に対し、自己の親権に基づいて子の引渡しあるいは親権の行使に対する妨害排除を求め得ることは疑いない。即ち離婚していない夫婦にあっては双方とも親権、従ってその一内容たる監護教育権を(意思能力ある子に対してはさらに居所指定権をも)有しているが、子の監護教育をめぐって夫婦の間に意見の一致をみない時はより子の幸福のためになると客観的に考えられる親の親権は他方の親のそれに優先し、後者は前者によってその行使が制限されると解されるから、前者の親権者は後者の親権者に対して、その優先する親権に基づいて子の引渡しあるいはその妨害排除を求め得ると解されるのである。しかしながら右はあくまで幼児の如き意思能力のない子についてのみ言えることであって、本件の如く満一三才にもなって事理の弁識力があると考えられる子については右の如き引渡請求権あるいは妨害排除請求権は認められないというべきである。蓋し意思能力のある子が現に居住する場所は暴力によって拉致されたとか、不法に拘束されている等特段の事情がない限り、自己の意思と判断に基づいて定めたものと解せざるを得ないからである。もっとも右の如き請求権は右特段の事情のない場合でも常に否定される訳ではない。およそ監護教育権なるものは子の福祉のために親権者に認められたものであり、子の意思に反してでも濫用にわたらない限りは行使できるとしなければ十分にその目的を達し難いから、一方の親の下で暮す方がより子の幸福になると客観的に考えられるのに、子の意思としては他方の親と暮すことを望んでいるような場合(いずれが子の福祉につながるかは子自身の気持を斟酌せねばならないのは当然であるが、その外に夫婦が事実上離婚するに至った原因や夫婦の夫々の生活状態、夫婦の子に対する気持等諸般の事情をも考慮せねばならないし、意思能力ある子とはいえその判断は未熟なことが少なくないのであるから、右の如く客観的判断と子の意思がくい違うことは十分あり得る。)には前者の親権者は後者の親権者に対し、子の引渡しを求め、あるいはその妨害排除を求め得るというべきである。(後者の親権者は、子の引渡しを妨害していなくとも、子の福祉に沿った引渡しその他の措置に積極的に協力すべき義務があるから、右の如き請求権が認められると解する。そうはいっても右請求権が子の心身に及ぼすことあるべき影響を考慮すれば直接強制は勿論のこと間接強制をもなし得ず子の翻意あるいは他方親権者の任意の履行を期待する外ない。この意味で右引渡請求権に対応する義務は「責任なき債務」といい得る。)

ところで本件をみるに、申請人と被申請人が事実上離婚し別居生活をするに至ったのは被申請人と丙川フユ子との交際が発端となっていること、被申請人方には現在でも丙川フユ子から夜間電話がかかってくる等右交際は継続していること、秋子は被申請人の行為を誤っていると考え、申請人と暮すことを希望していること、申請人も秋子との生活を望んでいること、一般的に父親よりも母親の下で暮す方が子の監護教育の上からは好ましく、本件に於てもこれを否定する特別の事情は認められないこと等に徴すれば、秋子は申請人と共に暮すのがより幸福だとは一応言い得るのであるが、秋子は意思能力のある満一三才の子であるから申請人は裁判所その他の公的機関の力を借りなくとも、秋子の選択、決断を促すなり、説得するなりして十分所期の目的を達し得るのである。申請人が自力によって、その意図するところを達成して後に、被申請人がむりやり秋子を連れ戻すなり、達成しようとするのを妨害して、秋子を監禁して手離さない等の事情が発生した時に初めて、申請人は被申請人に対し秋子の引渡しあるいはその妨害排除を請求する権利を取得するのである。

2  次に申請の趣旨第二項前段は執行官に対し秋子の連行を求め、同項後段は被申請人に対して右連行行為の妨害排除を求めるものであるところ、本件仮処分の当事者でない執行官に対して一定の職務の取扱いを命じ得ることは執行官法一条に照らして明らかであり、この点第一項前段と異なるが、申請人が執行官や被申請人に対して前記の如き趣旨の作為、不作為を求める権利を有しないことは申請の趣旨第一項について既に考察したと同断である。

三、以上の次第で現段階に於ては申請人は被申請人に対して被保全権利を有していないというべきであり、保証をもって右権利の疎明に代えさせるのも相当でないと認められるので、その余の点について判断するまでもなく本件仮処分申請はいずれもこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 中村紘毅)

〈以下省略〉

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